Zabbix Conference Japan 2025レポート
東京ポートシティ竹芝のポートホールで2025年11月6~7日に開催された「Zabbix Conference 2025」。今年もZabbix社創設者兼CEOのAlexei Vladishevの基調講演をはじめ、Zabbixユーザー、パートナーらによるセッションが多数、行なわれました。 先進事例に触れ、Zabbixについての知見を深めるための場としてだけでなく、同じOSSを利用する仲間が集まる“お祭り”的な雰囲気もあり、毎年、参加を楽しみにされている方も多い本イベント。ここでは、その概要をご紹介します。
Day1-1、本社CEOスピーチ:ストリーミングデータに対応、監視から可観測性ツールへと進化するZabbix8.0LTS
Zabbix LLCの創設者兼CEOであるAlexei Vladishev(アレクセイ・ウラジシェフ)は、基調講演の冒頭でZabbix LLCが設立20周年を迎えたことに触れ、ユーザーやパートナー企業の継続的な支援への感謝を述べました。
講演の最初のテーマはZabbixの現状です。2025年10月に買収したフランスのIZI-IT社をベースにZabbixフランスをオープン、フランス語圏(フランス、カナダ)の顧客へのサービスを充実させるとのことです。
また、やはり10月に発表したZabbixアカデミーについての紹介もありました。これはユーザーが自らZabbixについて学べるプラットフォームで、有料・無料のコンテンツがあります。コースは可視化、セキュリティ、ディスカバリーなどに特化したものとなっています。 「認定スペシャリスト、認定プロフェッショナルという公式の研修プログラムを補完するものとして適しています」と説明。詳細はzabbix.comで確認できるので、興味のある方は参照してみてください。
昨年リリースされたZabbix Cloud(日本リージョンはリリース時期未定)については、数クリックでZabbixを起ち上げられる、保守不要である、強力なセキュリティとコンプライアンスを確保している、良心的価格設定であることなど、その特長を挙げ、日本リージョンでのリリースに対する期待感を高めました。
次のテーマは、来年リリースが予定されているZabbix 8.0LTSと、それに関連したトピックについてです。8.0LTSについて「5年にわたってサポートされるLTS(Lont Term Support)であり、大きな機能追加があるという点でも意味のあるリリース」だと語ります。
その機能追加として、まずAIインフラを簡単に接続できるようになることが挙げられました。8.0LTSがMPC(Model Context Protocol:AIモデル、ツール、アプリの相互通信を可能にするオープン規格)をサポートすることで、これを実現するといいます。
次にCEP(複合イベント処理エンジン)の搭載です。CEPの強みは「イベントを分類できること」にあると説明。「このイベントは障害の根本原因で、これは他のイベントで引き起こされた“症状”にすぎない…と区別できるようになります。大規模なイベント処理が可能になるので、SIEM(Security Information and Event Management)としての利用が見込まれます」(Vladishev)
また、Vladishevは、単なる監視ツールから可観測ツールへと、Zabbixを転換していくと宣言しました。それを可能にするために、8.0LTSからはストリーミングデータ(ネットフローデータ、オープンテレメトリデータ、JSONなど)に対応するといいます。
例えばオープンテレメトリデータ(トレース、メトリクス、ログ)に対応することで、「ユーザーが自社のWebページに、どこからきて、どのサービスを呼び出したのか、そのリクエストに応じるためにどれだけの時間がかかったのか、ということも分かるため、所要時間の内訳からボトルネックを探したり、修正したりすることも容易になります。つまりZabbixは、ユーザーエクスペリエンスを監視する格好のツールにもなるということです」(Vladishev)
なお膨大なストリーミングデータを格納するためには、MySQLやPostgreSQLのようなリレーショナルデータベースよりも大量のデータに対応でき、拡張性にも優れたClickHouse、elasticの2つのストレージエンジンのサポートを検討しているということです。
Zabbixを構成するインフラには、大量の履歴データを格納する「ヒストリーデータベース」が追加されます。従来からあるZabbixサーバーはコンフィグレーションデータを、ヒストリーデータベースは履歴を格納するという役割を持つことになります。ストリーミングデータはZabbixサーバーではなくヒストリーデータに直接書き込まれ、可視化する際はヒストリーデータから情報を読み込むことになります。障害や問題を検知する際も、Zabbixのトリガーがヒストリーデータベースからデータを取得します。
さらに8.0LTSでは可視化、インターフェイスの操作性も改善されるといいます。可視化用ウィジェットの追加の他、カラムの幅や表示順、色をカスタマイズすることも可能となり「ゆくゆくはすべてのビューをカスタマイズできるようにする」とVladishevは言います。
もうひとつ、インフラ周りの大きな追加要素として、Zabbixのモバイルアプリ(iOS、Androidに対応)が挙げられました。8.0LTSと同時リリースとなるこのモバイルアプリは、アラートのためのプッシュ通知を受けられるだけでなく、障害一覧表示、重要度の上げ下げ、コメント機能なども搭載される予定です。複数のZabbixサーバーの統合ビューも提供されるということで、オペレーターや担当者にとっては負荷軽減につながるものとなりそうです。
Zabbixをさらに便利に活用できるようにするため、マーケットプレイスの開設も準備が進んでいます。 「可視化やレポーティングなど、Zabbixには不足している機能もあります。それに対してアメリカやヨーロッパ、日本など各国の独立ベンダー、パートナー企業の方々が多くのアドオンを提供してくれていますが、我々が把握しきれていないものもあります。そこで来年(2026年)後半、Zabbixグローバルマーケットプレイスを開設することにしました」(Vladishev)
開発者はZabbixが管理するプラットフォーム上で、自分たちのソリューションを配布・販売することができ、ユーザーは必要なソリューションを楽に探せるようになります。Zabbixがさらに使いやすいソリューションとなるだけでなく、開発者側にとってはビジネスチャンスを得るきっかけとなるかもしれません。 「アドオンや拡張機能を開発しようという方々は、マーケットプレイス開設を目指して準備を進めていただきたいと思います」(Vladishev)
最後にウラジシェフCEOが、「ユーザーのためにエキサイティングなプロダクトを、これからもたくさん提供していきます」と意気込みを語ると、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
Day1-2、事例講演:先進的かつユニークなZabbix活用事例・運用事例
Day1-2、事例1:トヨタ自動車株式会社:Zabbixを用いたGPU基盤の監視
トヨタ自動車 デジタル情報通信本部 InfoTech情報通信先行開発室の梅津 拓海氏は、Zabbixを用いたGPU基盤の監視事例について語りました。
「高度な自動運転システム、危険を予知するAIエージェントなど様々なアイディアをかたちにし、安心安全な社会、交通事故ゼロ社会を実現する…その第一歩として、GPU基盤を導入しました」(梅津氏)
同社内では「レクサス1台分」と呼ばれているほど高価なGPUには、常に高い負荷がかかっており、よく壊れると、梅津氏は言います。GPUで得たデータはAIの学習に役立てられますが、当然、故障している時間が長ければ学習効率は悪くなります。効率を維持するために、監視は重要なのです。
GPU基盤の監視には、設備監視、死活監視、リソース監視、ネットワーク監視、ログ監視、ジョブ監視が必要となりますが、同社ではまず死活監視とリソース監視を優先させて進めることにしたといいます。Zabbixには死活監視の役割を持たせており、梅津氏はその理由を「死活監視に多くの実績があること、コミュニティも活発で安定したプロダクトであること」だと説明します。
死活監視の構成は、Zabbixアプライアンス2台を使った冗長構成です。ジョブスケジューラーを積んだ管理サーバーを置いて、発生するジョブを複数あるGPUに割り振る仕組みになっています。GPUのメトリクスデータはGPUクラスタ管理ツールが取得し、それをZabbixアプライアンスがAPIで取得します。GPUの温度が閾値を超えたことをZabbixが検知したら、GPUサーバーにOSをシャットダウンする指示が出るようになっています。
構築当初、ZabbixでGPUサーバーのシステムログを監視していましたが、何らかの理由でジョブのアサインができなくなることもありました。そこでシステムログ以外にジョブスケジューラーのログも監視するよう設定するなど、修正を加えたそうです。 「GPUリソースやジョブの何を監視すれば、我々の理想的な運用に近づけるか、試行錯誤している状況です」(梅津氏)
2024年11月には、Zabbix7.2で、NVIDIA GPUの監視テンプレートとZabbix Agent2用のプラグインがリリースされました。これはコンシューマー向けGPU用でしたが、今回使用しているエンタープライズ用で試してみたところ、一部、使いにくい点はあるものの、GPU1枚ごとの使用率を取得できたといいます。
GPUデータを取得するには、裏でNVML API(NVIDIAが提供しているGPU監視用ライブラリ)を使用しているそうです。このNVMLを使ってZabbixにメトリクスデータを送信することにより「他にもいろいろなことができそうだと感じました」と梅津氏は言います。
「今後も引き続きZabbixは死活監視、リソース監視はPrometheusとGrafanaのように、各ツールの強みを活かしながら、GPU基盤全体の最適化を行なっていきたいと考えています」(梅津氏)
Day1-2、事例2:株式会社ヴィンクス:複数バージョンのZabbixサーバーが混在する中、統合監視をいかに実現したか
株式会社ヴィンクスは、流通小売業に特化した総合情報サービスを行っており、顧客システムの監視サービスもその1つだと、同社 アウトソーシング事業本部 山脇 拓馬氏は説明します。同社がZabbixを初導入したのは2010年、バージョンは1.8の頃でした。以来、Zabbixサーバー、Zabbixプロキシの数を増やしながら監視業務にあたっています。
Zabbixのバージョンアップは、まず新バージョンのZabbixサーバーを新規構築し、監視設定を移行するという方法を採っています。バージョンアップは顧客のサーバーリプレイスのタイミングに合わせているため、現在、同社が管理する10台のZabbixサーバーは、いくつかのバージョンが混在した状態になっています。
そのためバージョンごとに監視画面があり、これをチェックすることが担当者の負荷になっていました。他に、互換性の問題からZabbix2.2から6.0へのバージョンアップが困難だったこと、担当者が変わると運用ノウハウが引き継がれない(属人化)などの課題も、統合監視実現を妨げていたといいます ――これらの課題をどう解決したのでしょう。
まず監視画面の分散については、統合監視用メールボックスを設置してZabbixからのアラートを集約、複数の画面を見ていなければならない負荷を軽減しました。後にこのメールボックスに代わって、1つの監視モニターのアラートをまとめる「VI-Manager」というシステムを開発し、さらなる負荷軽減に成功したといいます。
次にZabbix2.2から6.0へのバージョンアップについてです。2.2と6.0は互換性がなく、直接のアップデートが不可能でした。そこで山脇氏は2.2、6.0両方に互換性がある4.0に注目し、まず2.2を4.0へ、その4.0を6.0へバージョンアップするという方法で、安全なバージョンアップを実現させました。
担当者の属人化の課題に対しては、監視設定標準化シートを作成し、ノウハウの継承や設定のバラつき解消に役立てました。さらにサーバー設計担当者、サービスデスク担当者が参加するDevOps定例会をつくり、情報共有を活性化しているとのことです。
その他、監視設定のミスを防ぐためにチェックツールをつくる、アラート内容を分析して深刻度を見直し、アラートの大量発生を防ぐなど、統合監視を実現するための対策が紹介されました。
「複数環境の監視には運用の工夫が必要です。運用監視の集約、標準化、自動化を行なって、より効率的に統合監視を実現していくことが大事だと、この15年で学びました」(山脇氏)
Day1-3、パートナー講演:パートナーならではの知識と経験を披露、Zabbix運用のヒントに
OSS関連の開発や教育支援などを手掛ける株式会社SRA OSSの北川 健司氏(Zabbix認定プロフェッショナル)は、「ミッションクリティカルシステムにけるZabbix構築の挑戦と工夫」と題した講演を行いました。氏は冗長構成を工夫した「ダウンタイムの最小化」、Timescaleデータベースを利用した「性能劣化の防止」、Ansible Playbookで自動化することによる「運用負担の軽減」の3つのテクニックを紹介し、安定したZabbix環境を構築するためのヒントを提供してくれました。
株式会社アークシステムからはプラットフォーム技術部の近藤 凌氏と渋谷 正晃氏が登壇、Zabbixをストレス軽減に役立てるという、一風変わったプレゼンテーションを行ってくれました。ウェアラブルデバイスで心拍変動、安静時心拍、睡眠ステージ(浅い、深い、レム睡眠、覚醒)、睡眠効率、血中酸素飽和度のデータを取得、Zabbixが異常を検知すると室内のアロマディフューザーが起動して癒しを与えるというものです。 「面白おかしい企画に取り組んでいますが、これもZabbixに対する確かな知識があるからです。我々のサービスに興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください」(渋谷氏)
日本電気株式会社で、運用監視系OSSのサポート業務にあたっている野村 昌平氏の講演タイトルは、「Zabbixサポート担当者が選ぶ、お客様が遭遇した謎事象と技術解説」です。この10年でZabbixへの問い合わせ件数は右肩上がりとのことで、その中からいくつかの事例と、技術的な回答を示してくれました。採り上げられた事例は「ログ監視の結果がロストした」「発生しないはずのLow Memory Modeが起きた」で、どちらも技術的な仕様が原因となって起きたものでした。同様のトラブルを経験され、未解決になっているユーザーがいらっしゃったら、同社に問い合わせてみることをお奨めします。
Day1-4、ランチセッション:インテグレーションプログラムの取り組みを紹介
今年はランチタイムに気楽に聞ける「ランチセッション」が実施されました。初日のテーマはインテグレーション・プログラムです。このプログラムは、Zabbixと連携させられるハードウェア、ソフトウェアをお持ちのベンダー向けに展開しているものです。様々な領域でZabbixを活用いただくことを目的としており、プログラム参加企業には、Zabbix Japanが技術面・営業面での支援を提供します。
ランチセッションには、このプログラムに参加している3企業から、Zabbixの活用内容を語ってもらいました。以下が、登壇いただいた3社と取り組みの内容です。
- コネクションテクノロジーシステムズ株式会社:構内光ファイバ回線の運用監視
- 東京エレクトロン デバイス長崎株式会社:社会インフラ設備のDX化
- 株式会社ボスコ・テクノロジーズ:自社製品SMART GatewayとZabbixの連携
「いろいろなメーカー様、ベンダー様とつながりながら、Zabbixを活用したソリューションを皆様にご紹介していく活動に取り組んでいきます。ハードウェア、ソフトウェアを開発されているメーカー様、ベンダー様がいらっしゃいましたら、ぜひプログラムにご参加いただきたいと思っております」(Zabbix Japan代表 寺島)
Day1-5、Zabbix Japan講演:新たな取り組み、新たな機能、新たなアイディア
Zabbix Japanの開発エンジニア、中山 真一は、社内に発足したインテグレーション・チームについて紹介しました。このチームはZabbixをITインフラ監視以外の領域に役立てることを使命としており、製造業界、放送業界と共同で行なった取り組みと、現状までの成果について語りました。
またZabbix認定トレーナーで、NTTドコモビジネスエンジニアリング株式会社に籍を置く吉田 剛太氏は、Zabbix Proxyにフォーカスを当て、その新機能や高可用性機能についての最新動向を解説しました。
恒例となったダッシュボードコンテストには5名がエントリー、それぞれ自慢のダッシュボードをプレゼンしてくれました。関西地区の某インフラSierであるkutaro氏は、自宅マシンのSSD破損をきっかけに、室内の温湿度、機器の電池残量、障害を1画面にまとめて監視できるダッシュボードを披露、来場者投票の結果、この「おうちZabbix」が1位に輝きました。
1日の最後にはZabbix本社CEOのAlexei Vladishev、Zabbix Japan代表の寺島による、Answer Your Questonの時間が設けられました。いくつかのセッションで話題に上ったオープンテレメトリデータへの対応や、Zabbix Cloudの日本リージョンのリリース時期などについての質問が寄せられていました。
Day2-1、Zabbix Japan代表スピーチ:ITインフラ監視以外の領域にもチャレンジ
2日目最初のセッションは、Zabbix Japan 代表である寺島広大が担当しました。タイトルは「Zabbixで何を監視する?8.0LTSを見据えたZabbixの活用の広がり」です。
20年前、Zabbix本社が設立されたのとほぼ同時期、日本では寺島が日本ユーザー会を発足させ、このコミュニティを通して国内でのZabbix普及を図っていました。最近はパートナー企業とのビジネスに注力していたため、滞り気味だったコミュニティですが、今年から活動を再開させており、勉強会やユースケースの発表会が開催されています。コミュニティを通して、改めてユーザーとの対話をしていきたいと、寺島は語ります。
オープンソースソリューションであるZabbixのサポートサービス、トレーニングなどでビジネスを成立させているZabbix Japanですが、毎年、売上にして15%の成長を遂げていると寺島は言います。今後の目玉となりそうな日本リージョンのZabbix Cloudについては、「今、パートナー企業の皆様とも話を詰めているところなので、もう少し待っていただければと思います」と理解を求めました。
Zabbixそのものの普及については「大企業でも活用してもらえるようになっており、ソフトウェアとしての成長を感じます」と語り、最近ではITインフラ以外での活用、例えばダム周辺の監視カメラの稼働確認、トラムやトロリーバスでの環境監視、街灯の電力消費量監視、さらには国際宇宙ステーションの監視などに役立てられていることを紹介しました。
「これまで、Zabbixは統合監視ソフトウェアだと言い続けてきました。しかし最近は、データを集めて、保存して、蓄積して、可視化できるプラットフォームだと再定義しています。そう捉えると新しい使い道が見えてくるのではないかと思います。皆様のアイディア次第ですが、面白い使い方があれば、ぜひ伺いたいと思っています」(寺島)
現在、ZabbixはIT業界以外のプロトコル、例えばModbus/TCP、MQTTなどにも対応しており、「おそらく、そうしたプロトコルでデータを収集したいというユーザーからのリクエストで実装されたものではないか」と、寺島は推測しています。Zabbix Japanでも、工場の施設・設備でZabbixが採用されることを期待しており、積極的に動いているといいます。
「工場内を人が巡回して、機器のゲージを読んで、その数値を手で記録するのには人手がかかります。Zabbixでデータ収集ができれば、危険な場所でも監視ができますし、可視化も可能です。そこで今年は工場系のイベントに参加して、業界の人たちとコミュニケーションを取るなどしています」(寺島)
産業用電機・電子機器を取扱う技術商社、株式会社たけびしとは、同社のIoTデータアクセスユニット「デバイスゲートウェイ」とZabbixとの相互接続検証を実施、両者が連携できることを確認しました。つまり製造現場の各種PLCやFA機器、センサーから収集した「デバイスゲートウェイ」のデータを、Zabbixで可視化・蓄積することが可能であり、長期間の稼働状況の把握や、アラート通知など、高度なIT監視手法を実現できるということです。
また、SIMカードを使えるZabbix Proxyの開発検討も進んでいます。 「工場は拠点が分かれていて、すべての現場にIT系の人がいるわけではないので、Zabbix Proxyからデータを本社に送って、一元的に監視できるようにするのです。また閉域SIMを使えば、よりセキュアな環境をつくれます。工場が外部から攻撃をうけて生産が止まってしまう事例があったように、インターネット接続されていると危険がありますが、こうしたソリューションがあれば安全です。さらに閉域SIM網を整えれば、現場のメイン回線が切れた時、裏側の入り口として使うことができるかもしれません」(寺島)
話はリリースを控えたZabbix 8.0 LTSへと移ります。寺島は、オブザーバビリティ(可観測性)に特にフォーカスを当てました。 「これまでの監視は、システムから数値データを受け取って、閾値を超えれば異常だと判断するもので、そもそも閾値をどこに置くか、それが分かっていなければなりません。しかしオブザーバビリティでは、システム内部の状態を受け取って関連付け、アプリケーションやサービスが上手く動いていないことを発見するものです。どこで問題が起きているかを探したり、そこからドリルダウンして、どうして問題が起きたのかを分析したりすることが可能です。ここに閾値の概念は必要ありません」(寺島)
その実現のために、オープンテレメトリ対応を実現しようとしているのが、次のバージョンである8.0LTSだと、寺島は説明します。 「テレメトリとはOSやアプリから送られてくる内部情報のことで、Zabbixが行なっているように定期的に情報を取りに行くのではなく、OSやアプリ側がどんどん送ってくる情報を受け取るためのプロトコルです。オープンテレメトリはこのテレメトリを標準化しようとするもので、APIやSDKも用意されています」(寺島)
標準プロトコルが確立すれば、OSやアプリの発信する様々なデータを扱えるようになり、先に語られたような可観測性を実現できるというわけです。
「最近ではスクリプトやコンテナ、FaaS(Function as a Service)など、OSがない環境、エージェントを組み込めない環境でアプリが動くということも多いので、テレメトリ対応が重要となってきました。Zabbix 8.0 LTSではこうしたデータを受け取れるようになります。インフラ監視に利用されてきたZabbixが、アプリからの内部情報を受け取れるようになれば、用途はさらに拡大します」(寺島)
既存のオブザーバビリティツールは多機能で、使いこなすのが難しく、また数個しかないアプリのテレメトリデータを分析したいという場合には高価すぎるため、導入にはハードルがあります。しかしOSSであるZabbixで同様のことができるとなれば、オブザーバビリティに関心を持つ人々にとって、魅力的な選択肢となるでしょう。
最後に寺島は、ZabbixとAIに触れました。 「しばしばZabbixユーザーから『AIと組み合わせられないか』と聞かれることがあります。監視設定の支援などにAIを使えれば便利ですし、JavaScriptのコーディング支援、障害発生後の対応支援、複数障害の根本原因のサジェストなどに活用できるのではないかと思っています。Zabbix Conference Chinaでは、既にAIを実装している事例も紹介されており、進んでいるなという印象でした ――ではどうやってZabbixに組み込むのか。今日のセッションでもいくつか実装事例が紹介されますので、ぜひそちらをお聞きください」寺島は、そう次のセッションへの橋渡しをして、講演を締めくくりました。
Day2-2、事例講演:Zabbix×AI、Zabbix Proxy活用、設備監視など多様性に富んだセッションに
Day2-2、事例3:initMAX、ウィジェット&モジュールによるZabbixとAIの連携
チェコのinitMAX社CEOでありZabbix認定トレーナーでもあるTomas Hermanek氏が登壇し、ZabbixとAIの連携事例を紹介してくれました。
Tomas Hermanek氏は同社のスローガンとして「UNLOCKING THE VALUE OF DATA」(データの価値を解放する)を紹介し、そのための手段の1つがAIであると説明しました。同社はOSSプロダクトのみを取り扱っており、「創業時から大好きなOSSがZabbix」であると語ります。
同社は特にウィジェットおよびモジュール開発を優先させており、本セッションでもウィジェット、モジュール化したAIをZabbixに実装する例を紹介しました。
事例の1つめは、ChatGPT PROウィジェットです。これはZabbix ダッシュボードのウィジェットから直接、生成AIと対話できるようにしたものです。ZabbixとはMCP(Model Context Protocol)サーバーを用いて統合を図っています。セッションでは「ホストの一覧をJSON形式でください」というプロンプト(質問)に対して、生成AIが回答を表示するデモが行われました。 開発にあたっては、様々な苦労があったことが語られました。独自エンドポイント、コピー&ペースト、ストリーミングなどに対応したウィジェットの再構築、複数トークンやリクエスト処理のための独自モデルのAPI構築などを行ったということです。
事例の2つめは、AI Assistantモジュールです。これは監視対象システムにおける問題の特定と解決プロセスを効率化し、トラブルシューティングを支援するものです。テレメトリデータを理解し、ホスト、アイテム、イベント全体の情報を分析し根本原因を特定、さらに解決策をAIが提案してくれます。Zabbixとはシームレスに統合されているため、使い慣れた監視環境のまま、作業が可能です。
その他、選択したホストグループの問題を分かりやすいマトリックス形式で表示する、シンプルながらも強力なウィジェットMATRIXMAX、モーダルウィンドウの操作性、視認性を高めるウィジェットUXMAXが紹介されました。
セッションの最後には、当日の参加者に同社が開発したChatGPT PROバージョンのウィジェットを100%ディスカウントでプレゼントするというサプライズもありました。
ここで紹介した以外にも、同社サイトにはテンプレートやモジュールなど、たくさんのトピックが掲載されています。また長期的な関係を築けるパートナーを探しているとのことなので、関心のある方は同社サイトを訪問してみてください。
Day2-2、事例4:日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社、生成AIを活用した運用高度化の取り組み RAGとの連携事例
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング(ISE)の樋口 美作子氏は、Zabbixと生成AIを活用した設備監視の実証例について紹介しました。なおISEでは、社内外のエンジニアが技術成果を共有する場として「ISEカンファレンス」を開催しており、本セッションで発表された事例も、このカンファレンスで展示したものだということです。
設備の運用を行っている現場には数多くの監視デバイスがあり、日々、メンテナンス業務が発生しています。しかし機器の故障対応のデータは記録されていても、その後の活用が進まない、メンテ業務が効率化できないといった課題があると、樋口氏は言います。
そこでISEでは、過去の故障履歴情報や、その対応マニュアルなどのナレッジを機械学習にかけ、Zabbixが何らかの異常を検知した際には、生成AIがナレッジの中から最適な運用手順を検索、それを生成AIから運用者に提供する仕組みを開発しました。
「RAGを用いないと生成AIは推測で回答してしまい、現場固有の情報が反映されず、ハルシネーションも発生しかねません。その点、今回の方式であれば、実績のあるナレッジを参照した上で回答するので、現場に最適な対応手順を提示することが可能となります」(樋口氏)
動作の流れは図のとおりです。まず監視対象のIoTデバイスから稼働データを収集してZabbixに監視させます。異常を検知したらチケット管理ツールにアラート情報を渡し、チケット管理ツールが障害情報をチケットとして自動起票、生成AIとアラート情報を連携させます。生成AIでは過去の障害対応履歴、設備の情報、対応手順の運用マニュアルをナレッジとして取り込んでいるので、ここから類似事象、関連情報を検索し、その結果をもとに最適な対応手順を生成、チケット管理ツールに返します。これにより運用者はチケットを開けば、すぐに一次対応に取り組めるようになります。手順生成までは数十秒しかかかりません。
「熟練の運用者が自身の経験から行っていたことを、生成AIが代行するかたちとなっています」と、樋口氏は説明します。
セッションでは、プラレールの車両にIoTデバイス(近接センサー)を搭載し、障害物に近づくと対応手順が表示される実験映像が流されました。
「Zabbixを使用できる環境であれば、どういう業種であっても今回のような高度化の仕組みは適用できます。これからは、今回構築した仕組みを様々なシーンに展開していきたいと考えています」(樋口氏)
Day2-3、事例5:北電情報システムサービス株式会社、Zabbix Proxyを活用した、マルチテナント監視サービス提供の裏側
北陸電力グループの情報戦略の中核を担っている北電情報システムサービス。同社はSI事業、ICT基盤事業を軸として、外部顧客に向けても様々なソリューションを展開しています。2011年からはクラウドサーバーサービスをスタート、そのオプションとして簡易監視機能の提供を行ってきました。
しかしやがて、この簡易監視機能だけでは対応できない課題が生じてきたと、ITサービス部の人見 祥磨氏は言います。1つは顧客から寄せられる監視機能ニーズの高度化、第2に顧客の増加に伴う運用コストの増大、第3に顧客システムの多様化(ハイブリッド化など)への対応の3つです。
またシステム的にも、複数拠点に分散した環境での監視の限界、監視の拡張性とスケーラビリティの問題、ネットワーク構成・ソフトウェア構成のセキュリティ強化など、解決すべき課題がありました。
こうした課題の解決のため、同社ではZabbix Proxyの採用に踏み切りました。Zabbix Proxyであれば、分散監視とデータ収集の課題を同時に解決できる可能性が高いと判断したからです。
Zabbix Proxyの活用で得られたメリットとして、まず複数ネットワークへの対応が可能になったと人見氏は言います。顧客ごとにZabbix Proxyを用意することで、マルチテナント型で運用するZabbixサーバーに複数のNICを持たせる必要がなくなったのです。
同時にZabbix Proxyが顧客間の境界となり、セキュリティの課題が解決しました。管理ポータルはZabbixサーバー1台につき1つですが、Zabbixのホストグループとユーザーを紐づけ、グループごとにアクセス権限を付与することで、それぞれのテナントユーザーが隔離され、セキュアなマルチテナント構成を実現できました。
顧客によるZabbixサーバーへのアクセスは閲覧のみとし、監視項目の設定は、北電情報システムサービスから提供するテンプレートで行なえるようにしています。設定権限をそのまま顧客に開放すると、他の顧客のプロキシにもアクセスできるようになってしまうおそれがあったからです。監視設定をテンプレート化したことで、設定ミスを防げるようになっただけでなく、顧客からのニーズを吸い上げやすくなり、サービス品質向上にも役立っていると、人見氏は言います。
その他、プロキシ単位で負荷の可視化が容易になった、監視対象が増えた際には迅速にプロキシを増やす対応をとれるようになった、顧客のホスト設定の変更をせずに監視サーバーのリプレースが可能になった…など、Zabbix Proxy導入によって多くのメリットを得られたといいます。
「今後はAI連動、アラート機能、広域プライベートネットワークの監視機能の提供、複数のインターネット接続を利用した、より安定性のある監視サービスの提供を検討しています」(人見氏)
Day2-4、事例6:朝日放送テレビ株式会社、放送設備IP化へのアプローチ
朝日放送テレビ株式会社 技術局の上田俊太郎氏は、放送設備におけるZabbix活用について語ってくれました。
上田氏はまず、放送設備がIP化への過渡期を迎えていることを説明しました。従来、放送設備は専用の規格・機器を使って構築されており、一度組み上げたら15年程は大きな改修もなかったといいます。
「しかしそうした機器が、今はネットワークやメディアスイッチなどに置き換わりつつあり、放送設備全体の一般化、IP化が進んでいます。これによって機器の集約率があがったり運用フローがよくなったりしていますが、一番のメリットはフレキシビリティが発揮されること、そして設備の拡大縮小が容易となったことにあります」(上田氏)
機器や映像信号の監視についても一般的なものを使いたいという考えから、上田氏はZabbixを導入することにしました。
スタジオでの生放送の場合、映像信号はサブと呼ばれる部屋に送られ、そこでスイッチングやミキシングを行ってオンエアされます。また中継映像のように局外から送られてくる信号を使う場合には、局内の回線センターで一括受信して、しかるべき場所(サブや収録用機器)に分配しています。この回線センター周りの監視に、Zabbixが役立てられています。
「回線センターの構成要素としては、映像流通のためのメディアネットワーク、機器の制御ネットワーク、そしてネットワークにぶら下がる放送機器があり、これらすべてをZabbixで監視しています。メディアとネットワークで様々なベンダーの製品を使っているので、マルチベンダーに対応できるZabbixは有用です」(上田氏)
具体的な監視内容には、映像の同期監視(同期がズレるとノイズが入る)、1信号1.5G/bpsという大容量データがあふれないようにする伝送量の監視、機器の堅牢性の監視があります。それぞれの監視内容ごとにダッシュボードを設け、障害は「致命的」「重度」「警告」「情報」に分類、問題があれば画面上のアイコンなどをクリックすることで、原因箇所まで辿れるように工夫されています。
監視内容をカスタマイズしやすく、またメール通知、チャット通知などが使えるため、設備構築担当がオペレーションルームにいなくても、現場のオペレーターに対応指示をできることも、Zabbixのメリットだといいます。
「Zabbixが持つ汎用性と伸縮性は、IP放送設備と親和性があると実感しています。今後はオペレーターのスキルアップと、収集できたログの解析を通して、よりリッチな監視システムになるよう模索していきたいと考えています」(上田氏)
Day2-5、パートナー講演:AIとの連携によって、エンジニアが得られるメリットを解説
SCSK株式会社から登壇した新沼 俊介氏は、2025年新卒入社ながら、堂々としたプレゼンテーションを行ってくれました。テーマは「AIエージェントが変えるZabbix運用の未来」です。単なる質疑応答に留まらず、一連のタスクを一気通貫に完了させてくれるAIエージェントをZabbixと連携させれば、ホスト登録や指定期間における監視データの集計、障害発生時の初動対応リファレンスの提示などを、迅速かつ正確に行わせることができ、エンジニア不足をはじめとする課題に対処する手段になると語りました。
NTTドコモビジネスエンジニアリング株式会社の田中 武信氏は、「生成型AIを用いたLLDテンプレート設計支援」と題した講演を行いました。目標設定と評価、実機の操作を行うエンジニア(人間)と、分析・設計を任せるChatGPT 5o、そしてChatGPTのアウトプットを検証するGemini 2.5 Flushの「協業」によるテンプレート作成の流れが、田中氏の実体験に基づいて説明されました。このような生成AI活用が進めば、若手エンジニアの成長、中堅エンジニア層の生産性向上、そして熟練エンジニア層には、最新技術を学ぶ負荷を軽減させる効果があるのではないかと、田中氏は言います。
株式会社アシストからは、ビジネスインフラ技術本部の佐藤杏佳氏が登壇、Zabbixが止まるまで負荷をかけた検証結果を発表しました。 不要データを削除するHouseKeeperプロセスに負荷をかけ続けると、データベースが強制停止され、やがてデータベースに接続できなくなったZabbixも停止するという結果になりました ――Zabbixを停止に追い込まないようにするには、HouseKeeperが何件消したのか、削除にどのくらいの時間がかかったのかをログでチェックして、削除時間が1時間を超えてきたらアラートを上げるなどの対策が必要だと、佐藤氏は言います。
Day2-6、ランチセッション:Zabbix、initMAX、両CEOに聞くZabbix×AI
2日目のランチセッションでは、Zabbix CEOのAlexei VladishevとinitMAX CEOのTomas Hermanek氏に、Zabbix Japan代表の寺島がAI関連の質問を投げかけました。質問と回答をピックアップして紹介します。
Q: 個人的あるいはビジネス上で、2人はAIをどう利用している?
Vladishev:ドライブ中に社内で外国語の練習相手になってもらっています。
Hermanek氏:飛行機の安いチケットを探すのを助けてもらっています。
Q:Zabbixに限らず、ITインフラにおけるAIの活用事例を教えてください
Vladishev:ブラジルでは大規模なネットワークを持つ企業が、ローカルLLMに自社インフラの構成や障害所法などをすべて学ばせています。インフラに関することはLLMに聞けばすぐに正確な答が返ってくるので、運用管理の上で役立っているようです。
Hermanek氏:イベントの相関関係をチェックしてAIに学ばせると、そこにパターンが見えてくるようになります。パターンを知ることで、次の障害発生時に推論を立てやすくなるでしょう。
Zabbix 8.0LTSでのAI関連機能について聞かれると、Vladishevは「ぜひ期待しておいてください」とコメントするに留めました。来年のリリースが待たれます。
Day2-7、Zabbix Japan講演 ~ クロージング:さらなる進化に向かうZabbix
Zabbix Japanの開発エンジニア、中山 真一は、8月にラトビアで開催されたZabbix Summit 2025に参加したことを報告、自身が体験した技術ワークショップ(Dev Track)の内容について紹介しました。
Zabbix Japanサポートエンジニアである渡邉 隼人は、2020年リリースのZabbix 5.0と、現状の最新版である7.4とを比較し、技術的な進化、ウィジェットによるUIの進化などについて紹介、Zabbixが時代に合わせて使いやすくなっていることを説明しました。
昨日同様、Zabbix本社のAlexei Vladishev、Zabbix Japan代表の寺島による、Answer Your Questonも実施されました。「Zabbix 8.0 LTSでは、データベースとしてClickHouseが選ばれたようだが、その理由は?」と聞かれたVladishevは、「コストやスケーラビリティを念頭に、6つの候補の中からClickHouseとelasticを選びました。ただ今後、ニーズがあれば他のものも検討します」と回答し、柔軟に対応する姿勢を見せました。 またZabbix Agentのバージョン管理機能を付けてほしいという要望については、「現時点では監視機能に注力したいと考えています。将来的にZabbixが構成管理の領域をカバーするまで拡張した際には、Zabbix Agentのバージョン管理についても検討するかもしれません」と回答しました。
――2日間のカンファレンスの最後を、Vladishevは次のような言葉で締めくくりました。 「短時間ではありますがいろいろな方と話をして、役立つ知識を得ることができました。ここで得たことを本部に戻って、開発の議題に挙げたいと思っています ――私たちはZabbixをよりユニバーサルに、フレキシブルにするため、新機能の開発にも取り組んでいきます。来年のカンファレンスではZabbix 8.0 LTS、そして8.0LTSの未来について語ることになるでしょう」(抄訳)